■物流記者トラ男のひとりごと 豪雪厳しい北の大地という地理的な不利にもめげずこの夏、北海道勢が甲子園大会で2連覇を飾った。ところが美談も束の間、野球部部長による体罰問題とその隠蔽工作が発覚して以来、高校野球界が揺れ動いている。 ところで、体罰が必要悪から不必要悪へと社会の見方が変化していったのは、果たしていつからなのだろうか。少なくとも筆者の義務教育期間中には、今のような風潮はなかった。その当時、「サンドウィッチ」といえば両手での同時ビンタを指し、「ケツバット」といえばでん部を棒で打たれた。筆者も教壇に立たされ、体育教師から拳で殴られて廊下まで転げ回るなど数々の体罰を経験し、その度に顔を腫らして帰宅した覚えがある。 だが、それで親が教師や学校に文句をいったことはないし、むしろ逆でさらに親にも叱責された。それが当り前な風潮だった。だからといって何も体罰に賛同するわけではないが、そのおかげで殴られるという痛みとその理由を自ら認識できたことは、今になっては貴重な体験となっているように思う。 そんな時代に育った筆者の世代では、例え殴り合いの喧嘩をしようが、痛みを知っているだけに故意に致命傷を負わすことはなかった。しかし、体罰が不必要悪とされる現代では、相手を死に至らせるなど凶暴かつ陰湿なものになっている。 先日、ある運送事業者で20歳のドライバーが、親ほど年の差がある先輩社員に注意され、鉄パイプで頭部を殴打したと聞いた。限度を知らない若者こそ、ある意味で現代社会における負の遺産ではないかと痛感してしまう。 <<<Back